修行に集中するにはあまりに雨の多い土地だった。
その日もまた雨の日で、
男の家は降るたびに雨の漏るひどいつくりで、
そんな日はいつも、水のにおいで満たされる。
することがない。
私はそこにあった古い本を
私の読めない言語で書かれたその本を眺めていた。
なにかを思い出しそうだった。
あの日もこんな雨の日だったような気がするし、
そうではなかったような気もする。
あの日。
「なぜ、私を拾ったんだ」
声に出すつもりはなかった。
少し慌てて、私は男の背中を見た。
聴こえていなかったのかもしれない。男からの返事はなかった。
私は安堵してまた、本に目を戻した。
思い出そうとする。
同胞の亡骸
託されたさいごのことば
それらの記憶は憎しみとともに未だ鮮明だ。
ただ、自分がどうして生きのびたのか
その後男がどうして自分を拾ったのか
映像や音声としての記憶ははっきりしない。
数年前、墓の前で飢えていた私を拾ったこの男も、
その時のことは話そうとしなかった。
なにかを思い出しそうだった。
誰かの体温を。
私は男の背中に顔を埋めた。
思い出そうとしてみる。どうせこの男は何も話さない。
「…どうした」
「昔を思い出していた」
無駄なことをと言われたことはある。
ただ仇の手がかりが欲しくて
口を噤む男を詰ったこともあった。
男は振り向くと、私の顔を覗き込んだ。
「紅いな」
男の声が振動として直接体に響く。
…ある痛みを伴って。
赤い目と、その痛みの理由を知っても、
私はいつものようには目を逸らさなかった。
「お前に抱いて欲しいから」
男は少し笑って私から体を離す。
私はずっと不思議だった。
拾った子供が女児だったと判っても
この年齢まで手放すこともせず
想像もしなかったのだろうかと。
…ただの一度も?